翌19日(金)、8時に起きるが、二日酔いでまた2時まで寝てしまう。つぼはプールでアメリカ人の女の子二人と水球をしている。ボールは日本からもってきたビニールの水遊び用のものだ。カン太は臭いのでシャワーで洗う。バスタブにカン太を抱えあげて入れ込む。夜になって初めて車を運転してヘラに買い物に行く。9時頃の買い物で遅い遅い。つぼがけんけんをして歩いているので、ここは日本じゃない、静かにしろとやめさせる。目立ったことをして、誘拐でもされるのではないかという警戒心で緊張して歩いている。ローラーブレードとサッカーの靴を買う。

翌20日(土)、出国再入国ビザはとれた。夕方センターのレセプションで、アラビアンホームズの住人である登録をする。車を登録し、ペットの欄に「カン太」と書くのが誇らしい。夜、新任の先生2人の歓迎会がムラブスタンというもう一つの大きなコンパウンドである。ムラブスタンはアラビアンホームズからメディナロードに出て南へ向かったすぐ左手にある。「ムラ」というのは日本語の「村」で、「ブスタン」もアラビア語で村という意味だそうで、日本人のほとんどはこのふたつに住んでいる。夜の車の運転にまだ自信がないので、商社のベテラン日本人に乗せて行ってもらう。

翌21日朝、運転手が来ていない。ものともせず、タクシーで会社に行き、少しして半年ぶりのシリアに出掛ける。アメリカの国務長官が来ているので予約のシェラトンは追い出された、代わりにメリディアンを取ってあると商社のスタッフがいう。夜、商社の新所長の家に招かれる。スタッフも一緒である。ハイネケンの缶ビールが飲める。奥様の手料理とワインで極楽である。スタッフが彼は犬を連れてきていると紹介する。所長も日本にゴールデンがいるそうで、それはすごいと言う話でもちきりとなる。「写真を持って来てください」と奥様。「動物は嘘をつかない」と新所長はインテリだ。

翌日のチェックアウトはロビーでなく、宿泊階で出来る。豪華なものだ。アレッポを往復し、ホムスに泊まる。

翌日、ダマスカスに戻り、サウジリアルをシリアンポンドに替え、スタッフの案内でダマスカス織りを買いに行く。ダマスカス織りというのは、絹糸で模様が縫ってあるテーブルクロスで大変きれい。シリア人は手先が器用でこういうのにむいているのだとスタッフがいう。それにしてもサウジリアルを両替して町中で買い物はできるが、ホテルの支払いはドルでないとだめというルールで、きびしい国情がうかがわれる。ちなみにドルのことは「ハードカレンシー」といっている。「確かな通貨」という意味だろうか。

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