31日、ストックブックに入れた切手を人事のふたりに餞別だといってわたす。日本の切手の繊細さをプレゼントしたつもりだが、彼等がどう思ったかはわからない。銀行口座を閉じる仕事が残っているのだが、時間切れでやめ。わずかな金でどうでもよい。3年前になくされた切符のリファンドは結局まだされていない。リファンドは切符屋にされることになっているので、以後切符屋に問い合わせることという手紙を書いてダンマンのホテルと切符屋にファックスを入れる。手切れの最後通告だが気持ちがよい。悪いのはサウディアだよ。日本人宛の挨拶状を作りあちこちにファックスを入れる。イタリア領事館のレストランでスパゲティを食べる。うまい。しまった、もっと早く来ているべきだった。片付けて、代理店の連中に挨拶するが、セールスマネージャーはここ2〜3日おらず、挨拶をしそこなう。夜、お客さんが晩めしを食べさせてくれる。お互いにお世話になりました。10時に家に帰ってカン太を散歩。いらないものを捨てて、アバヤを洗濯して、風呂に入って、サウジの仕事は終わった。
8月1日、最後の日。ケージを外に出し、動物病院でカン太を看てもらい、OKをもらう。帰ってカン太を風呂に入れ、水飲みをケージに取り付け、ケージにカン太の名前を書いた紙を貼り、持っていくもの、パリでやること、日本に着いたらやることを整理して書き出し、最後の方でパッキングするものをひとつひとつパッキングしていく。帰国してすぐ使う日本の小銭を準備する。久しぶりに見る日本のコインだが、10円玉、100円玉と全然違和感がなく、忘れていない。夕方になり、日本人会会報への寄稿は時間切れで無理、帰国後書くことにする。さあいよいよパソコンをしまうだけだ。帰りたくないという気持ちがおそってくる。小学校の臨海学校で5日ほど過ごし、すっかり慣れて帰りたくないと思った記憶や、小田原でつぼが生まれて3年過ごした賃貸マンションを引っ越す時の気持ちと同じだ。荷物の最終確認をし、パソコンを閉じると、ディスプレイの枠がはがれて浮いてしまっていて閉まらない。あせる。開けたままではバッグに入らない。バリンと言ってなんとか閉まった。晩ごはんを食べるが胸がいっぱいで喉を通らない。