10.モーツァルトのオペラ
1966年秋、ベルリンドイツオペラの2度目の来日で後宮からの誘拐がテレビで何度も放映されました。テレビでのオペラ放送はテロップが出ますから筋がよくわかって、特にNHKイタリアオペラの招聘がオペラファンを増やした功績大であるとよく言われています。この年、夏のザルツブルグ音楽祭でのベーム指揮フィガロの結婚がFMで放送され、テープに録音しました。有名な序曲の演奏が力強く、それまでそんなにいい曲だとは思っていなかったのでびっくりしました。序曲が終わってフィガロとスザンナの歌が続き、筋がどんどん進んで、これはすごいと思いました。1963年の来日で人気のあったエディット・マチスがケルビーノを歌い、バルトロという貴族階級の取り巻きの歌は面白くないのですが、2幕冒頭の伯爵夫人のアリアは第9第3楽章に匹敵するメロディーです。スザンナがケルビーノの衣装を替えながらかわいいと歌うアリアのあと、生意気な伯爵が出て来てケルビーノが隠れ、窓から飛び降りてスザンナと交代し、そこに隠れているのは誰だと伯爵夫人を問い詰める。中にいるのはケルビーノだと思いこんでいる伯爵夫人の絶望がピークに達したところでスザンナが出てくる。どたばたの音楽が一転、スザンナ!(伯爵)、スザンナ!(伯爵夫人)とテンポが変わったところで客席が笑いにつつまれる。このあと伯爵が女二人にこてんぱんにやられるのですが、この部分はすべてのオペラの中での白眉です。話しはまだいろいろ面白く進みますが、4幕最後で伯爵があやまり、夫人がそれを許し、全員でのめでたしめでたしの合唱になります。
さて後宮からの誘拐はずっと習作です。台詞は台詞、歌は歌とミュージカルのようなドイツ語の歌芝居ですが、筋も子ども向けといってもいいくらいのおとなしいもので、二組の恋人(お姫様のコンスタンツェとその恋人のベルモンテ、その家来のブロントヒェンとペドリルロ)がトルコに囚われ、悪役のオスミンにいろいろ意地悪されるが、酒を飲ませて眠らせ、その隙に逃げ出すが見つかり、これまでと覚悟したところを太守セリム・パシャの寛大さで許され、めでたしめでたしというものです。モーツァルトのオペラは大概二組の恋人が出て来て、召使い側の恋人が元気で生き生きとしていて、歌もいい。召使いの方だけ書くと、フィガロのスザンナとフィガロ、ドンジョヴァンニのツェルリーナとマゼット、魔笛のパパゲーナとパパゲーノという具合ですが、お姫様側の歌はまじめで、それこそ教養主義的でつまらない。しかし後宮からの誘拐は、ベルモンテはつまりませんが、コンスタンツェの歌はまじめですがとてもよい。何がよいかというと、習作故に、お姫様といっても偉そうでないからだと思います。ベルモンテと再会したときの「うれしいときにも涙が出るのね」というせりふを見ればおわかりでしょう。そういう意味では魔笛のパミーナのアリア「恋を知るほどの殿方には」もすばらしい。ベートーベンが魔笛の主題による変奏曲を作ったくらいですから。
最後にモーツァルトのオペラはフィナーレがすばらしいことを言って終わりにします。
全員が出て来てめでたしめでたしと歌うのですが、それがテンポ早く歌われ、最後のプレストで幕が降ります。結婚式に出て、良かったねという気持ちになるのと同じ感動です。