20.ヴェルディ
ヴェルディのオペラは椿姫が最もポピュラーですが、この曲は数多くのヴェルディのオペラの中では幸運な位置づけにある曲です。旋律、舞台の華やかさ、紅涙を絞る筋立てで、悲劇ではありますが、かわいそうという気持ちがこんなに気持ちのよいものである、ボエームと並んで三つとないオペラです。従って、他のヴェルディのオペラについて話しをしなければならない。
ヴェルディのオペラはほとんどが悲劇です。椿姫以外は古い時代の英雄豪傑が死ぬ話で、だからあまりかわいそうという気持ちにはなりませんが、音楽が力強く、引き締まっていて、強靱な筋肉のようです。
自然を利用して力を発生する手段としては、重力の利用(水力発電)、化学変化(火力発電、石油を燃やす)、核分裂(原爆、原子炉)、核融合(水爆、太陽)等があり、この順に力(エネルギー)が大きくなっているのですが、現在はもっぱら石油を燃やすのが全盛で、他はいろいろ問題があって扱いかねているのが現状です。
これらに対して、筋肉は、生体に発生する僅かな電気によって筋肉繊維が収縮して力を発揮するのですが、必要なエネルギーが、工業的なエネルギー発生手段と違って格段に少ない(エネルギー効率がよい)ことが特徴です。
オリンピックを見ていると、アスリートの筋肉の動きの見事さに見ほれますが、ヴェルディの音楽にも同様の力強さを感じます。ピンと張ったゴムひもをはじくとポンと音が出ますが、緊張したゴムひもは外界からの刺激(はじく)に対して打てば響くように反応します。同じようにヴェルディの音楽は緊張に満ちた音の塊が力強く動き回る様を連想させます。力強さの条件として、主役はバリトンであり、テンポは早すぎず遅すぎず、音は強めですが、やたらにフォルティッシモをがなりたてるということはない。もちろんテノールも女声も彩りを添えるのですが、全体としてバリトンへの求心力が働いている。その結果としての真骨頂は重唱にあります。またバーンスタインから引用しますが、オペラの表現上優れているところのものは、複数の人の異なる感情が同時に歌える(重唱)ということです。リゴレット第3幕の4重唱、トロバトーレ第1幕の3重唱、椿姫第2幕2場の3重唱(冒頭で椿姫はジャンルが違うと書きましたが、この3重唱はまぎれもない、ヴェルディの3重唱です)等。バーンスタインは彼のミュージカル「ウェストサイドストーリー」で決闘に向かう若者たちの重唱「クィンテット」を書きましたが、ヴェルディに匹敵するものを書きたかったに違いありません。 2010.1.8